2020年06月15日

「えっ、イギリスは敵国じゃないの?」ですか?

[2584]当時、最先端の知性で、戦争に反対し続けた清沢洌(きよさわきよし)の「暗黒日記」について。

清沢の同志で生涯の盟友は、東洋経済(とうよう)の中興の祖の、石橋湛山(いしばしたんざん)である。
 石橋が、どれぐらい優れた人物で、本当の日本の愛国者で、温厚な自由主義者で、汚れた政治家や軍部を嫌う、堅実な経営者(資本家)たちの厚い支持を受けて、頑張り通したか、今の日本人には、ほとんど知られていない。

 石橋湛山は、1956年の12月初めに、自由党総裁として選挙に勝ち、首相に就任した。ところが、翌年の1月末には、政治謀略で、病床に倒れ、このあと、大(おお)ワルの岸信介(きしのぶすけ)が、1957年の2月末から、首相になった。周知のように、この岸信介の孫が、今の安倍晋三である。日本は、すっかり政治がよごれきった国になった。

 石橋湛山は、言論人であり、出版人であり、経済政策の専門家である。多くの優れた、そして高潔な日本の有識者たちを仲間、同志として抱えていた。それが、たったの3カ月弱で、首相の座を病床から明け渡した。

 ここには、明らかに、日本人が、自分の足で立ち、自分たちの力で、自分たちの運命を決めてゆこうとする、日本の自主独立路線を、「お前たちは、自立なんかしないで、アメリカ帝国の属国のままでいろ」と、押え付けた、アメリカの意志が働いている。
http://snsi.jp/bbs/page/1



望月衣塑子 @ISOKO_MOCHIZUKI
8m
政府や #内調 にも同じようなチームがあるとされるが、実態は見えない

「『電通は2ちゃんねるを2000年から脅威に感じ始めたと同時に、秘密裏に自演書き込みをして印象操作を行なっているチームがある』。そこからの情報でI氏が自作自演を行ったということがわかったという」 biz-journal.jp/2020/06/post_1…
https://twitter.com/ISOKO_MOCHIZUKI/status/1272341981968994306


これは内乱罪そのものですよ。泥棒がシステム化されているんです。
https://ameblo.jp/don1110/entry-12604264219.html

仕事に対する満足度 1位はインド 最下位は日本 この現実
https://ameblo.jp/don1110/entry-12604277408.html


The Big Issue Japan @BIG_ISSUE_Japan
9h
「貧しくて赤ちゃんに麦茶を飲ませている」-必要なのは親の責任追及ではなく、そんな事態を引き起こさない仕組みづくり。2年で寄付金9倍、ボランティア登録が倍になった組織強化策とは B : コロナ禍でも困窮家庭への食料支援を継続。フードロスから子どもの貧困問題解決に向け
bigissue-online.jp/archives/10775…
https://twitter.com/BIG_ISSUE_Japan/status/1272182076557504513

で、自分や、自分にとって大切な相手が幸福でいるためには、当然命や暮らしが健やかに保たれるのが重要で、そのためにも政治を意識する、という明快な話。https://catalytic.exblog.jp/29050942/


73名刺は切らしておりまして2020/06/14(日) 04:14:43.62ID:2IE3nc1t
新型コロナとはほとんど関係なく消費増税によってもたらされた個人消費消滅

新型コロナウイルス騒動の先に見えるファシズム体制と戦争の影https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202006130000/


morningstar
@morningstar0212
·
3時間
卑近な例でいうと、かつては偏差値50よりは55、55よりは60を目指した方が結果として得するというコンセンサスが社会にあったが、これからは70超えないなら45も65も大して変わらない社会になるのかもということ。だったら、無駄な努力はしないでのんびりしようという人が多数派になりうる。
https://twitter.com/morningstar0212/status/1271985731817205760

ほのぼのさん
@2003Zgf
·
3時間
これ昔から何回も言ってる話ですが、Twitterでなんか羽振り良さそうにしてるけど、金の出どころがイマイチわからない人に近づいちゃダメです。実際に会ったりするのは論外です。
詐欺やったばびろんまつこぐらいはかわいいもんで、もっと洒落にならないアカン人たちもいました。
https://twitter.com/2003Zgf/status/1271974011098943489


電通と旧満州ー知っている方には常識ですみませんが:

やはり「嘘八百のこの世界」さまから転載↓
安や不自由なく日常生活に戻るのに必要なものは、日米ともに「ワクンが開発され 利用可能になること」がトップ。日本では82%、米国で6%を占める」by電通、新型コロナウイルス日米定点生活者意識調査
「「持続化給付金の闇」→「電通の闇」→「日本近代史の闇」」

前回に続き、リテラがこの国の膿をあぶりだしてくれているので転載する。
リテラ)さん
https://lite-ra.com/2020/06/post-5449.html
持続化給付金「電通のトンネル法人に769億円で発注」で経産省との癒着疑惑…それでもワイドショーは電通タブーで報じず
2020.06.01
https://lite-ra.com/2020/06/post-5449_2.html
中略の14件のうち7件を電通グループ、2件をパソナに再委託し、残り5件につい。だが、さらなる問題なのは、これだけの重大事であるにもかかわらず、ワイドショーがほとんど報じていないことだ。 
  中略
 一体これはどうしてなのか。その理由は、言うまでもなく電通がマスコミ最大のタブーだからだろう。広告収入に大きく依存するテレビ局にとって、電通はアンタッチャブルな存在であることは説明するまでもない。実際、東京五輪招致をめぐる裏金疑惑と電通の関与について、テレビでは電通の名前さえ出すことに尻込み、ワイドショーはこの問題をほぼスルーした。それと同じことが、この問題でも繰り返されようとしているのだろう。
 しかし、何度でも言うが、それでなくても「持続化給付金」は早急な支給が必要だと叫ばれながら遅々として進まず、多くの人にとって死活問題となっているのだ。それにくわえ、新型コロナを食い物にするかのように、安倍政権に近い大企業である電通と経産省の癒着、さらには金が経産省や政治家に還流しているのではないかという疑惑まで出てきたのである。このような重大な問題を追及できないのであれば、報道機関を名乗る資格はない。この問題をメディアはどこまで追及するのか。その点にも目を光らせる必要があるだろう。
(編集部)

安倍政権が電通やパソナと“手を取り合って”このような悪事に手を染めていることが発覚しているにもかかわらず、テレビはこの重要な問題を全く報道しない。
AKBの誰かさんが引退したというような“どーでもいいニュース”はわざわざスマホに電源を入れると発信されるが、国民が知るべき重要問題は一切報じないのだ。
この事実から、毎日マスゴミが喧伝するコロナ騒動というやつが詐欺であり嘘八百であることを察することが出来るだろう。
「持続化給付金」と言う名の血税を“国民に内緒で”トンネル会社を通して“こっそりと”業務委託されていた電通とはいったい何者なのか。改めて探ってみようと思う。
(船瀬俊介の船瀬塾)さん
https://ja-jp.facebook.com/funase.juku/posts/782503161780308/
電通の歴史

【1901年(明治 34)】
光永星朗が、広告代理業「日本広告株式会社」の併設機関として、通信業「日本電報通信社」(電通)を創立。
明治維新後、新聞社にニュースを提供する通信社は続々と登場したが、ほとんどが国策がらみだったのに対し、唯一電通だけが利益目的で設立された。
【1906年(明治39)】
「南満州鉄道」設立
(初代総裁は、後藤新平)
後藤新平は、現「NHK」の初代総裁であり、正力松太郎に資金援助し読売新聞を買い取らせた人物である。通信社を独立させ、翌年には逆に通信社が広告会社を合併。
「電通」はこの年、ロスチャイルドと関係の深い「ロイター(1871年、既に長崎・横浜に支局開設)」と契約。
【1907年(明治40年)】
「満鉄調査部」設置。日本の中国進出の拡大に呼応し、中国全体を対象に調査研究を行った。
アメリカに創立された「UP(現在のUPI)」と契約。
【1931年(昭和6年)】
満州事変が勃発
【1932年(昭和7年)】
満州国建国
その国策通信社である「満州国通信社」初代社長には、里見甫が就任。
里見 甫は、裏社会とつながりがあり、満州国高官だった岸 信介の命によって、
アヘンの密売であげた巨額の利益を、関東軍の資金にする犯罪行為の一端を
担っていた人物。
報道管制が行われ、日本政府、そして日本軍は「報道調整」という言葉を使った。戦前は電通と連合の2つの通信社があって、両方が海外情報を取り扱っていたが、大陸に侵略の舞台が広がったこともあり、政府は言うことを聞く通信社が欲しくなった。
特に満洲国が国営の「満洲国通信社」を作って、関東軍の報道統制に協力したのを見て、日本政府も国策を遂行するために情報操作の必要性を感じ、斉藤実内閣は通信統制に乗り出した。
【1936年(昭和11年)】
軍部が独裁化してファシズム体制が固り、2.26事件が起き、日独伊防共協定が締結されるなど、日本が破滅への途を選んだ運命の年だが、「電通」にとっても、大きな選択を、それも無理矢理に強要された年だった。
報道を掌握するには、情報チャンネルの一元化が必要で、そこで先ず、新聞に内外の情報を提供する通信社を統合して、単一の国策通信社をつくることを考えたのである。当時、朝日、毎日、放置、国民、時事、中外といった新聞社が出資する『聯合』と『電通』の2大通信会社はライバル関係(『 電聯時代』)にあった。
国家にとって都合の悪い情報は遮断する。情報整理、そして情報操作である。
広田内閣は、満州事変の事後処理をめぐる国際対立の最中、国家による“言論統制機関”の必要から、政府、軍部主導で、電通や地方新聞など反対派を強引に封じ込んで押し切り、日本新聞聯合社(『聯合』)と電通の通信部門合併により、国策通信社である社団法人「同盟通信社」を発足させた。これにより新聞統制を行った。
その時に電通のニュース部門と、連合通信を一緒にして「同盟通信」を作ると共に、広告部門を担当していたセクションを切離し、広告会社としての「電通」にした。この時から、「電通」は、通信社部門を失い、広告代理行専業の会社になった。
電通は軍部の情報機関と提携して、上海を足場に中国市場に進出したが、特務機関の隠れ蓑として動いた。
【1940年(昭和15年)】
光永眞三第2代社長
【1945年(昭和20年)】
上田碩三第3代社長。
(1949年、親友のUPI通信社極東担当副社長マイルス・ボーンらとともに和船で浦安沖で鴨猟に出たところ、乗っていた船が転覆し、ボーンらとともに水死体で発見された。享年64。1951年、妻のミエも、品川区の自宅で絞殺体で発見された。享年55。)
敗戦に伴い「同盟通信社」は解体され、政治、社会、一般ニュースを扱う『共同通信社』と、経済報道を扱う『時事通信社』に分かれた。
現在共同通信社、時事通信社と電通は株式を持ち合い、設立当初の寡占状態を回復している。
【1947年(昭和22年)】
5月、前社長の公職追放により、吉田秀雄が社長となった。
この経営危機の時期に、吉田秀雄は、何故か旧軍人、軍属、或いは「満州鉄道」関係者をどんどん採用しているのである。(電通が“満鉄調査部の後身”と言われるのはこのため)
広告業界の連中は、誰もが「電通」ビル(旧電通ビル、中央区銀座七-四)を「第二満鉄ビル」と呼んだ。あまりに満鉄関係者が多かったからである。
何故、広告のことを皆目知らない、言わば使いものにならない連中をこれ程集めたのか?
吉田秀雄は、旧軍人、満鉄関係者たちを社員として採用しただけではなく、公職追放となった政治家や財界人、新聞人などの為に、「旧友会」という、言わば“サロン”をつくって、彼らが、月一回集まって食事をしながら、心置きなく談笑出来るように設え、そればかりではなく、彼らの為に「ユニバーサル広告社」という会社までつくっているのである。
彼らは広告のノウハウは無かったものの、実質フィクサーとして活動し、現在の日本支配の礎を築く。
戦後、「電通」が大きく躍進出来た原因の一つが民間ラジオ放送で、もう一つが民間テレビ放送だと言われている。吉田はアメリカ式広告=“プロパガンダ”手法を導入。
【1951年(昭和26年)】
商業ラジオ開始。
米上院議員カール・ムントは、1951年4月、米上院で、次のような演説を行っている。
「共産主義は、“飢餓”と“恐怖”と“無知”という三大武器を持っている。こうした共産主義に対する闘いにおいて、米国が持っている最大の武器はテレビである。
我々は『米国のビジョン』なるテレビ・ネットワークを海外に普及させる必要がある。それを最初に試験的にやるべき地域は、ドイツと日本で、例えば、日本の隅から隅まで行き渡らせる為のテレビ網建設費は460万ドル。これはB29爆撃機を2機つくるのと同じ金額である」
テレビは、共産主義勢力に対する武器としては軍事力などより遥かに強力で、しかも安いというわけだが、このムント構想が打ち出されるや、直ちに正力松太郎の密使が米国に飛び、ムント議員と接触している。その密使が、柴田秀利(後に日本テレビ専務取締役)である。
【1952年(昭和27)】
「電通」が、戦後、初めて商売として政治と関わりを持ったのは、1952年10月、日本が独立した最初の総選挙の時だった。
吉田 茂(麻生太郎の祖父)自由党としては、国民に対して大PR作戦を展開することにし、その大きな柱の一つとして、戦後初めて全国の主要新聞に大々的な広告を打つことになったのだが、そのプロデューサー役を演じたのが「電通」だった。自由党・吉田 茂首相が「電通」にキャンペーンを依頼したことが発端となり、「電通」と吉田 茂、「電通」と自民党の関係が深まっていく。
元々、旧軍が中心だった「電通」の人脈は、政党政治家に拡大していき、「電通」は反共・安保擁護の為の保守体制に組み込まれることになった。
吉田 茂を介した政界浸透や、「電通」で採用していた旧軍人・満鉄関係者の公職追放解除に伴う政府要職復帰、コネ採用による有力者の子弟の取り込みなどにより、電通人脈は更に強力に、日本中に張り巡らされていくことになった。
こうした吉田秀雄の人脈戦略は大きな成功を収めることとなり、「電通」は総理府の宣伝予算をほぼ独占、
【1953年(昭和28)】
「電通」は、テレビ放送開始に着目し、多くのラジオ局・テレビ局の設立に関与、吉田秀雄は、幾つかの放送局で取締役に就任。
何故、日本テレビの社名は「日本テレビ放送網」となっているのか?「網」の字にはどんな意味があるのか?その理由は設立時の秘密にある。実は、日本へのテレビの導入は、米国による情報戦の一環だった。テレビ放送網は、そのまま「反共の防波堤」であり、更に軍事通信網にもなるはずだったのである。


「反共の防波堤」なんてのは、あくまでも見せかけに過ぎないカムフラージュですよ。
「右も左も根は同じ」という「常識」を理解されている読者の皆さんには、もう説明不要ですよね。マスゴミの元締めである電通は、日本人のための組織ではないんですよ。
「日本人を洗脳して痴呆化させる」ことを目的としているんですよ。
電通の前身である満州国通信社の初代社長は、
安倍の爺さんである岸信介と一緒になって麻薬の密売を取り仕切っていた里見甫です。
このあたりは重要なので、過去記事のリンクを貼っておきます。
“学校が絶対に教えない日本の近代史”をしっかりと勉強してください。

http://otisdury.blog.fc2.com/blog-entry-1103.html

日本は満州でのアヘンの栽培方法・販売方法を誰に教わったのでしょう?
「満州国建国及び満州アヘン密売の背後にいた勢力を探る」  
https://ameblo.jp/sannriku/entry-12604023813.html





日本は満州でのアヘンの栽培方法・販売方法を誰に教わったのでしょう?
「満州国建国及び満州アヘン密売の背後にいた勢力を探る」


安倍の祖父である岸信介が満州で麻薬の密売をやっていたことは、以前にも書いた。
相変わらず御用マスゴミはこのことには一切触れようとしないが、リテラがこの「日本の闇」について記事を書いてくれたので、改めて、この「日本の闇」にメスを入れて行こうと思います。リテラの記事より一部抜粋します。


http://lite-ra.com/2015/08/post-1396_2.html
戦後70年特別企画 安倍首相の祖父・A級戦犯岸信介の正体(前)
安倍首相が心酔するおじいちゃん・岸信介の戦争犯罪! アヘン取引でブラックマネーを集め戦争を遂行

岸と東条は満州時代に公私に絆を深めていく。毎日新聞記者の岩見隆夫氏が書いた『昭和の妖怪 岸信介』(中公文庫)には、満州事情通の小坂正則の次のような証言が紹介されている。
「岸さんは日本に帰ってきてから、ずいぶんと東条さんのために政治資金をつくってやった。翼賛選挙でも莫大な選挙資金を必要とするのに、首相である東条さんはああいう男だからカネがない。そこで岸さんが鮎川に頼んだ。鮎川は日産の株を満州投資証券へ譲渡する時、七千万円、確かな数字ではないが、そのぐらいを浮かせて鮎川の財団である義済会にプールしてあった。このうち三千万円ほど抜いて岸さんに渡し、岸さんはこれを東条に回してやったりした」
 ここで出てくる「鮎川」というのは日本産業(日産)財閥の総帥で岸の遠縁に当たる長州出身の鮎川義介のことだ。岸は日産を満州に誘致し、南満州鉄道(満鉄)に対抗する満州重工業開発(満業)を設立させた。一方、当時の満鉄総裁は岸の母方の叔父に当たる松岡洋右(後の外相)で、このふたりが表向きのスポンサーだったと言われているが、実はそれだけでは説明がつかない。
岸に長時間インタビューをした岸研究の第一人者、東京国際大学名誉教授の原彬久氏は『岸信介―権勢の政治家―』(岩波新書)でこう書いている。
〈巨額のカネを動かして人脈と権力を培養し、人脈と権力を動かしてカネを集めるという手法はまぎれもなく岸のものだったのである。(中略)
 当時、岸の部下であり、戦後明治学院院長となる武藤富雄は、次のように回想している。
「私は岸さんから毎月二〇〇円(現在の約二〇万円)の小遣いをもらっていたことを覚えています。当時の満州といえどもカネの使い方は予算で決まっていましたから、領収証のとれない使途不明のカネを自由に捻出することは、たとえ総務庁次長でもそう簡単ではありません。私は毎月二〇〇円ものカネをポンと渡してくれる岸さんをみて、『これはなかなか豪気な人物だな』と思うと同時に、『何かの名目をつけて、ある程度のカネを自由に使う方法を知っているんだな』と感じました」
 岸は同僚官吏はもとより、民間人、それもいわゆる満州浪人、無頼漢に至るまで彼のそばに来るものには惜しげもなくカネを与えていたといわれる〉

http://lite-ra.com/2015/08/post-1396_3.html
資金の源は何だったのか。多くの研究者やジャーナリストが指摘するのがアヘン取引による利益である。当時の満州国は表向きはアヘン吸飲を禁じていたが、満州専売局を通して登録者に販売できるシステムを採っていた。事実上、野放しだ。にもかかわらず一方で売買が禁止されているため、価格は吊り上げ放題で、巨額の利益が上がる仕組みになっていた。
 満州を抑える関東軍はこの収入に目をつけ満州国の西隣りに接する中国熱河省へ侵略の兵を進めた(熱河作戦)。熱河にはアヘンの原料となるケシ畑が広がっていたからだ。「満州の背後を固める」というのは口実で、アヘンを求めての進軍だったというのである。消費地も満州国内だけでなく北京、上海、広東、厦門へと拡大していった。
 こうして得た莫大なアヘンマネーを岸ら首脳陣は、国家経営や戦争遂行、謀略工作に回す一方、一部を私的に着服していったという。
 近衛文磨の女婿で細川家の当主に当たる細川護貞氏(細川護煕元首相の父)が戦時中、裏の政治情報を日記の形で残していて、岸関連の書物にたびたび引用されている。1944(昭和19)年9月4日付の記述はきわめて示唆的だ。岸に関する部分を抜粋する。
〈岸は在任中、数千万円、少し誇大に云えば億を以って数える金を受け取りたる由、然もその参謀は皆鮎川(義介)にて、星野(直樹)も是に参画しあり。結局此の二人の利益配分がうまく行かぬことが、(東条)内閣瓦解の一つの原因であった〉(『細川日記』中央公論新社)
 星野直樹は大蔵省から満州に派遣された官僚で岸の上司に当たる人物だ。当時の数千万円といえば、いまの数百億円に匹敵する。

(管理人)(=嘘八百のこの世界 著者 様 )
この記事からも分かるように、満州国に強い影響力を有した軍・財・官の5人である弐キ参スケのうち、岸信介が田布施の出身者であり、鮎川儀介が山口県吉敷郡大内村出身であり、松岡洋右は田布施が属している山口県熊毛郡の出身であり岸信介と親族である。これが「偶然」ではないことは、皆さんご理解いただけますよね。そして、岸らがアヘンの密売で稼いだ金は半端じゃありません。いまの数百億円に匹敵するということであるから、「恐るべき闇」である。そして皆さん、「中国とアヘン」と聞いて何か連想することはありませんか?
はい、あの「アヘン戦争」です。アヘン戦争とはイギリスが清に「アヘンを買え、買わないのなら戦争だ」と言って本当に戦争を起こした明らかな「侵略」であり、メチャクチャな戦争だったんじゃないですか。
ところで皆さん、疑問が湧いて来ませんか?

日本は満州でのアヘンの栽培方法・販売方法を誰に教わったのでしょう?

ちょっと考えれば、以前からアヘンの栽培と販売戦略に長けていたイギリス(ユダヤ)に「教わった」と考えるのが自然ではないでしょうか?はっきり言って、ロスチャイルドを中心とした「彼ら」に「教わった」のではないでしょうか?

「えっ、イギリスは敵国じゃないの?」ですか?

はい、これが私がいつもくどいぐらい言っている「戦争が八百長である」由縁なんですよ。ガーター騎士団の一員である昭和天皇が、自らが奉仕すべき君主たる存在であるエリザベスが君臨するイギリスに、戦争を仕掛けられるわけがないでしょう。

「これから戦争を始めるから、貴国は敵国役を演じてください。貴方の生命・財産はきっちりと保障しますからご安心なさい」と言われたのでしょう。

私には「彼ら」がこの「アヘン売買」という巨大利権を、みすみす「東洋の猿」ぐらいとしか思っていないはずの日本人に譲り渡すとは、とても思えません。表向き日本人に満州の傀儡統治させておいて、その「売上」の大半は、「彼ら」が搾取していたのではないでしょうか?「満州国建国」自体も、「彼ら」の指示によるものなのではないでしょうか?この「目的」を遂行するために、「彼ら」が幕末・明治維新から手なずけていた「あやつり人形」を満州国の権力者に配置したのではないでしょうか?「満州国に強い影響力を有した軍・財・官の5人である弐キ参スケのうち、岸信介が田布施の出身者であり、鮎川儀介が山口県吉敷郡大内村出身であり、松岡洋右は田布施が属している山口県熊毛郡の出身であり岸信介と親族である」ことの「理由」は、ここに存在するのでしょう。当然、この「山口県熊毛郡田布施及び周辺出身者」及びここに名前のない「田布施出身傀儡権力者」にも、「分け前」は与えられているでしょうが・・・。

こう考えてみると、岸信介がA級戦犯であったにもかかわらず無罪放免となり、戦後の首相として「彼ら」に「貢献」し続けた理由がより理解できるでしょう。
はっきり言います。岸信介は戦争が終わってからアメリカのエージェントになったのではなく、戦争が始まる前から、いや、幕末明治維新以来、「彼ら」によって周到に準備されていた駒だったのでしょう。そして今、同じ血筋を有した、新たに周到に準備された駒によって、この“美しい国”は破壊されようとしています。
https://ameblo.jp/sannriku/entry-12604027782.html
posted by リンゴの皮 at 19:07| 日記 | 更新情報をチェックする